インディペンデント・チップ・モデル(ICM)という言葉を耳にするのは、バブル付近のプレイや終盤のレンジを研究する時ではなく、大きなトーナメントのファイナルテーブルで初めて進出した時です。この時初めてディールができるようになり、ICMが登場します。ICMを理解することは、ファイナルテーブルでディールを行う際に非常に重要であり、ここでのミスは非常に大きな損失を被る可能性があります。
なぜファイナルテーブルでディールをするのか?
ICMは元々ファイナルテーブルでの交渉のために導入されました。1987年に「メイソン・ハーヴィル式」として生まれ、その後David Harvilleが1973年に競馬の予想モデルを作成し、それをMason Malmuthがファイナルテーブルのディールに応用しました。このモデルは、各プレイヤーが持っているチップの割合から、どの順位でフィニッシュする可能性が高いかを推定します。各プレイヤーが1位になる可能性は、そのプレイヤーが持っているチップの総量のパーセンテージと簡単に計算できますが、それ以外の順位の計算がはるかに複雑で、ICMが戦略的意思決定に使われるようになったのは、現代になってからです。
ファイナルテーブルでディールをする理由は次のようなものがあります。
- ファイナルテーブルをプレイする時間を省くため
- 特定の賞金額を保証するため
- トロフィーを確実に獲得するため
- 分散を減らすため
この中で最後の理由が、多くのプレイヤーがディールを行う最大の動機となっています。
大きなトーナメントのファイナルテーブルに進出した際、分散を減らすことは非常に重要です。
ポーカーでは、多くのプレイヤーが参加しているトーナメントのファイナルテーブルや、サテライトで参加資格を得た場合など、滅多にない貴重なチャンスが訪れることがあります。次に5,000人以上のトーナメントでのファイナルテーブル進出がいつになるかはわかりません。仮に3位の賞金が自身のバンクロールを2倍にしたり、ステーキングを必要無くしたり、ステークスを上げることができたり、家を買ったり、人生にポジティブな変化をもたらすのであれば、その時点のエクイティを分散に晒す必要はありません。
「その賞金額に満足しているのであれば、悪いディールなど存在しない」という考え方もあります。ファイナルテーブルでのディールの仕組みを理解すれば、自分自身の利益を最大化し、より良い交渉ができるようになります。
チップチョップディール
チップチョップディールは、残りの賞金をチップの割合に応じて分配する方法です。ご想像の通り、チップチョップディールは通常チップリーダーによって提案されることがほとんどです。
例を見て考えてみましょう。以下は、ファイナルテーブルでの5人のプレイヤーのチップ量と順位に基づく想定賞金を示しています。
チップチョップには2つの方法があり、1つ目は残りの賞金をチップ量に応じて分配する方法。この方法では全ての賞金をプレイヤーの持つチップ量に応じて分けます。
残りの賞金は23,300ドルなので、以下のように分けられます。
しかし、この方法には明らかな問題があります。Bobは1位の賞金を超える金額を手にする一方、ショートスタックのSergeiは、最下位の賞金額の半分しか獲得することができません。
このように不公平と感じるプレイヤーが出るため一般的にこの方法は採用されません。
そのため通常行われる方法は、最低保証賞金を確定させた上で残りを分配するチップチョップディールとなります。
今回の例では、全員が$2,300をまず手にし、残りの賞金$11,800をチップ割合に応じて分けることとなります。
このディールにより、下位3人のスタックは自分の想定順位の賞金額より多く獲得し、2位のJaneは2位の賞金額をほぼそのまま獲得しつつリスクを排除できます。1位のBobは想定順位の金額より少なくなるもののそれでも2位の賞金額を大きく上回る金額を手にすることができます。
ICMディール
ICMディールはファイナルテーブルディールで最も信頼される基準として使われています。しかし、ICMディールにもいくつかの気になる点があります。
- スキルを考慮しない。全てのプレイヤーが同じ実力だと仮定し、プレイヤーのスキル差は計算に含まれません。
- ブラインドの上昇を考慮しない。特にショートスタックがいる場合、状況は大きく変わる可能性があります。
- テーブルのプレイヤーの特徴を考慮しない。例えば、アグレッシブなチップリーダーが隣にいる場合、非常にプレイしづらい状況となりますが、ICMはこの要素を考慮しません。
ICMディールが考慮するのは、ペイアウトと残りのプレイヤーのスタックサイズだけです。
先ほどの例に戻り、ICMの観点から見直してみます。以下は全く同じ条件で、各スタックのICM値を示しています。前の表のチップチョップの値と比較します。
この表を見ると、チップリーダーがチップチョップを好む理由がわかると思います。2位のJaneもチップチョップの方が若干有利となっています。この差は3人のショートスタックからきており、彼らはチップチョップの方がICMより$200-$300少なくなっています。
ICMを初めて学ぶプレイヤーがファイナルテーブルでのディールを検討する際、以下の2つの事実に驚くことがよくあります。
ビックスタックの価値は想像以上に低く、ショートスタックの価値は想像以上に高い。
ICMディールの核心的な原則は、「持っているチップが少ないほど、チップ1枚あたりの価値が高い」とう点です。この例では、1ビッグブラインドはショートスタックにとって$299.11の価値がありますが、チップリーダーにとっては$64.91の価値しかありません。
こういった現象が不公平だと感じる場合は、さらに詳しく調べてみましょう。以下は、ディールが成立しなかった場合の、ICMモデルに基づく予想順位です。
Bobは誰よりも優勝する確率が高いものの64%の確率で1位を逃すので、2位の賞金額以上をチップチョップで受け取ることは不公平です。Sergeiはほとんどの場合次に飛んでしまいますが、それでも33.3%の確率で順位を上げ、$3,100の賞金を獲得する可能性があります。そのため、彼にも「ディールを受け入れる理由」が必要です。
チップチョップの恩恵を受けるのはスタックが大きいプレイヤーだけで、他のプレイヤーの取り分を削ることで成り立っています。
ショートスタックの価値はチップチョップディールが示すよりも高くなります。そのため、チップチョップが効果的なのは、残りのプレイヤーが2人の時だけです。ヘッズアップではICMの概念はなく、各プレイヤーに2位の賞金を渡し、残りの賞金をその時のスタックに応じて均等に切り分けることが合理的です。
スキル差によるディール
ファイナルテーブルに関するICMモデルの最大の欠点は、スキルが考慮されていないことです。下手なプレイヤーに同等のスキルを前提としたディールをしたいと思うプロはほとんどいないでしょう。ICMディールが機能するのは、ほとんどのファイナルテーブル、特にスタックが浅かったり、ストラクチャーが速かったりする場合です。これらの際は、エッジがかなり小さくなるため効果的です。プレイヤー間に大きなスキルの差がない限り、ICMディールは分散を抑えられるため優れたディールでしょう。
1人のプレイヤーが他のプレイヤーより実力が抜きん出ている場合、そのプレイヤーはファイナルテーブルでそのエッジに応じた交渉をすることができます。この場合、ICMをベースラインとして使用し、上手いプレイヤーが残りの賞金プールから上乗せを要求します。
上記の例でチップリーダーのBobがプロで他のプレイヤーに対し10%のエッジがあると仮定します。スタックのICM値に対して10%のマークアップを取り、ファイナルテーブルにいる他の全員がICMに基づいて互いに交渉するとします。この場合、他のスタックが大きいプレイヤーが犠牲となります。ショートスタックはディールを拒否しても失うものが少ないためです。
この種のディールには、交渉力、そして若干の芸術的センスが関係します。今回のケースでは次のようになります。
1位の賞金を上回る
まれに、優れたプレイヤーが、優勝賞金以上の賞金を獲得するように交渉することがあります。これは圧倒的な優位性を持つ場合、あるいは他のプレイヤーが飛ぶのを恐れ不利な条件に同意するケースです。2016年のWCOOPスーパーチューズデーでオンラインの野獣「€urop€an」がこのようなディールをしました。彼は圧倒的なチップ量で、尚且つオンライントーナメント史上最高のプレイヤーの1人と評価されていました。
以下は、ディールが提案された時点での状況と潜在的なペイアウトです(正確なチップ量ではなく、イベント中に報告された時点でのデータです)。
しかし、実際は下記のペイアウトとなりました。
€urop€anは1位の賞金より5,268ドル多い金額を獲得しました!一方でXingMasterは3位の賞金より32,901ドル多く獲得しましたが、2位の賞金より24,283ドル少なくなっています。reno8は3位入賞よりも19,016ドル多く獲得しました。
もしここで同等のスキルを持つプレイヤー同士の対戦であった場合、驚くことに€urop€anは10対1と圧倒的なチップリードがあるにも関わらず、エクイティは277,205ドルしかありません。スキルが等しいと仮定した場合、ICMが示す各プレイヤーの最終順位の確率は下記のようになります。
ここで重要なことは、スキルの差があることです。XingsMasterとreno8は実質的にヘッズアップで$57,184(2位と3位の賞金差)を競う状況になっています。彼らは€urop €anに$51,916を山分けする特権のために$5,268を支払っています。
€urop€anが82.1%の勝率しかないことに驚く人や、他の2人のプレイヤーはこのディールをすべきではないと主張する人もいるでしょう。しかし、他の2人のプレイヤーにとっての問題は、2人とも90%の確率で優勝できないということです。
ディールの考え方
数学の計算を超えて、プレイヤーが有利なディールを拒否したり、不利なディールを受け入れてしまう背景にはいくつかの心理的な問題があります。
- まず、賞金そのものが持つアンカリンク効果です。あるプレイヤーは、3位の賞金によって新車を購入する、ステークスを上げる、休暇に行くなど個人的な計画が頭に浮かび、その考えに固執してしまうかもしれません。一方で「このままの順位を維持できれば」と将来の潜在的な賞金額を過大評価するプレイヤーもいます。
- ファイナルテーブルでのディールでは、社会的圧力という要素もあります。傲慢なプロにICMより500ドル多く渡したくないという思いがあるかもしれません。裏を返せば、他のプレイヤーから仲間はずれにされるのを恐れているプレイヤーには不利なディールを成立させることもできます。こういった不利なディールに圧力をかけられないようにする最善の方法は、ICMの理解を深めることです。自分のスタックの価値を知っていれば、合理的な判断ができるでしょう
もし社会的なプレッシャーが大きすぎる場合、「後ろ盾がいる」 と主張することで、簡単に不利なディールを拒否できます。「自分ではどうしようもない」と伝えれば、他のプレイヤーとの関係を壊さずに済みます。
この架空の支援者を悪者にすることでファイナルテーブルの雰囲気を保ちながら有利なディールをすることができるでしょう。
まとめ
たとえファイナルテーブルでのディールがないサイトでプレイしていたとしても、ファイナルテーブルのディールを学ぶことは役立つでしょう。ディールの知識を深め、スタックの価値を理解することで、特にバブルファクターが関係する場面で戦略的意思決定が向上します。ファイナルテーブルでのICMディールを理解することは、将来キャリアの中でいつか遭遇するかもしれない、一生に一度のファイナルテーブルで有利な立場に立つことができるでしょう。
要点
- ディールを行う最大の理由は、分散を減らすことです
- チップチョップディールはビックスタックに有利で、ショートスタックは不利です
- ICMディールでは、ショートスタックの価値は想像以上に高くなります
- 同様に、ビックスタックの価値は一般的に思われているよりも高くありません
- ICMディールは同等のスキルを前提としています
- スキルの差を考慮したディールは稀であり、明確な実力差がある時のみ行われます